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2014年6月28日土曜日

社員・・・昨日の続き

~範を示すことの難しさ~

川柳番号38 その仕事 私がとった はずですけど

 昨日のブログに登場した、私の友人の公認会計士Iさんからメールをいただきました。どうやら「越麻呂日記」を読んでくださったようです。ありがとう。


 「社員になったよ!」

 と奥さんに大喜びで報告したIさんは、

 「えっ!えっ!何それ??今まで社員じゃなかったの」

 という思いがけない反応に、きっととまどったことでしょう。そして、監査法人内で社員になるということが、いかに意味のあることであるかを説明したに違いありません。いただいたメールによると、Iさんは、

 「社員というのは事務所内で無限連帯責任を負うのだ」

 ということを説明したようですが、その時奥さんには、

 「どうしてそんなものになってしまったのか・・・」

 と言われたそうです。最近でこそ監査法人の社員は有限責任となりましたが、当時は社員は無限連帯責任でした。おもわずメールを見て、笑ってしまいました。


 さて、社員というのは事務所内でそれなりに選ばれた人たちですので、職員からは「さすがこの人は社員に選ばれただけのことはある」と思われるような行動をとらなければなりません。一般的な言葉を使ってみれば「範を示す」ということでしょうか。でも、この範を示すというのがなかなか難しいのですね。


 私の記憶に間違いなければ、なでしこジャパンの澤選手は、チームのみんなに、「苦しい時があったら、私の背中を見て」と言ったそうです。なるほど、それだけの行動をずっととってきた人でなければ、なかなか言えない言葉です。


 組織の中でも、この人はすごいなと思う人が、少ないながらもまれにはいることでしょう。そして、自分もこの人のようになりたいと思って努力するわけです。いわゆる「人の背中を見て育つ」というやつです。

 そして、人の背中を見て育った人の背中を見て、また別の人が育っていくのですね。そのような連鎖で育っていった人たちを、私は何人か見てきました。うれしかったです。


 私の周りにも、監査法人中央会計事務所東京事務所勤務時代の4年間では、中瀬先生をはじめ、この人はすごいなと思える人たちが何人かいました。また、名古屋第一監査法人在籍中にお会いできたW先生も、そうでした。でもその後は、こんな行動をとってはいけないなという、ある意味反面教師が多かったですけど。


 社員となったからには、やはりそれなりの自覚が必要です。思い出したのは、「川柳番号38」です。「その仕事 わたしがとった はずですけど」

 例えば、チーム内の他の人(例えば主査)ががんばって準備したおかげでとることができた仕事を、あたかもその成果だけを横取りするかのように、社員が自分がとってきたのだと誇大PRするのは、あまり社員にふさわしい行動とは言えないでしょうね。「あなたのおかげで仕事がとれたよ。よく頑張ったね」とねぎらいの言葉をかけてあげましょう。


 また、クライアントをロストするのはほとんど100%社員の責任で、本来であれば監査チームのトップとして「俺が悪かった・・・」と頭(こうべ)を垂れて監査チームのみんなに謝るべきだし、少なくとも「事務所に迷惑をかけた」と責任を感じるのが社員です。間違っても、現場の監査チームの人たちが責任を感じてしまうようなことのないよう、フォローしてあげましょう。「気にするな、君たちのせいじゃない」と。


 社員には、これからは選ばれた人だけがなっていくと思います。でも、社員としての真価が問われるのは、社員になってからなのです。


2014年6月27日金曜日

社員

~川柳番号13 
 
 社員とは 何のことかと 妻が言い~

 6月というのは、我々公認会計士業界の人間、特に監査法人に在籍している人にとっては、ある面区切りの月です。そして、7月以降の新年度を迎えるにあたって、昇格人事や担当替えがあり、一番そわそわする時期でもあります。落ち着かない人も多いと思います。


 公認会計士試験に合格者した人の中には、「サラリーマン生活を送るつもりだったのだが、たまたまその就職先が監査法人だった」という人も、ごくごく稀にはいるかもしれませんが、そんなにめったにいるわけはありません。


 やはり公認会計士を名乗るからには、たとえ監査法人に就職したからといってもサラリーマンではなく、会計のスペシャリストとして、個々人が志・プロ意識を高く持って日々過ごしているはずです。私の仲間たちは、みんなそうでした。


 監査法人の中で活躍するためには、以前はやはり「社員」になるというのが、一つの通過点として乗り越えなければならないハードルでした。でも今は、だんだんそうではなくなってきているし、これからはむしろ社員になれない人のほうが多くなってくるでしょう。


 この「社員」という言葉・意味合いは、実は監査法人というある面閉ざされた狭い世界でしか、その重みがわからない言葉なのです。一般的に「社員」といったら、通常の会社の「従業員」という意味ですが、監査法人内の「社員」というのは、会社法上の「出資者」で、早い話が「監査報告書に署名できる人」です。会社の役職に例えると、人数からいったら「係長」か「課長補佐」くらいにあたると思いますが、監査法人内で社員になるならないでは大違いです。


 6年ほど前に、「NHKドラマ 監査法人」の製作にかなり深くかかわりました。その際に、監査法人内でしか通用しない業界用語を、一般の視聴者にどのように伝えるかというので、いろんな局面で苦労したのですが、「社員」という言葉のもその一つでした。そして結局、社員という言葉は使いませんでした。


 私の友人である公認会計士のIさんは、社員に昇格したときに、奥さんに「社員になったよ」と、大喜びで伝えたらしいのですが、奥さんは「えっ!えっ!何それ??、今まで社員でなかったの」とびっくりされたそうです。その時の川柳が「社員とは 何のことかと 妻が言い」なのです。


 さて、この「社員」ですが、私がこの業界に入ったころは、監査法人に在籍していれば、だいたいクリアすることができました。私の「監査法人中央会計事務所 東京事務所」の同期は13人いましたが、そのうち11人は5~6年以内に独立を果たし、私を含めて残った二人は30歳代で「社員」になっています。ただこのときの、今の試験でいうところの公認会計士試験合格者は、250人くらいでしたが。


 いまは、試験合格者の数が、そのころに比べると大幅に増え、ここ1~2年は落ち着いたといっても、ピーク時には3,024人を数えています。でも、監査法人のクライアント数の増加は、試験合格者の増加割合からするとはるかに少ないはずです。


 大手監査法人は、一時400人ほど採用していますし、最近でも200人くらいは採用しているでしょうか。でも、多く採用したから多く社員になることができるというのは誤りで、残念ながら毎年枠は限られているのです。社員登用までのスピード感にはそれぞれ個人差はありますが、だいたい20人に1人~2人くらいでしょうか。


 もちろん枠があるのは「社員」だけではありません。主査になれない人もこれからはたくさん出てくるでしょう。事務所内での自分の立ち位置を常に把握していないと、後になってから後悔することになります。


 優秀で、志の高い人が昇格していけるような、納得感のある人事が行われればいいのですが、人事というのはいろいろ思惑の絡むものですので、なかなかその通りにはならないものです。


 人事にあまり振り回されないで、今自分がやるべきことを、しっかりやりましょう。


2014年6月25日水曜日

梅肉エキス

~梅並木剪定の効果~

 同じマンションに住む方から、青梅の実をいただきました。ご実家で採れたのだそうです。大きな袋にいっぱい入っていました。そういえば梅の実が採れる季節なのですね。エスペランサ村の梅並木はどうなっているのだろうかと気になります。


 せっかくいただいた梅の実ですので、いろいろ工夫してみましょう。まず考えたのは梅酒です。大きな果実酒用の入れ物があるので、それにブランデーをいれて漬けこむのです。ところが肝心の酒屋さんが近くにありません。それに自宅にはじっくり漬けこんだ10年物の梅酒がまだかなり残っています。今回は別のものに挑戦しましょう。梅干しがいいだろうか・・・。


 ふとひらめいたのは、「梅肉エキス」でした。これなら場所はとらないし、健康にもよさそうです。作り方も複雑ではありません。さっそくやってみましょう。


 まずは、梅の実をすりおろさなければなりません。ミキサーでガ~ッとやってしまえばいいのでしょうが、梅の実の中には大きく堅い種があるため、そういうわけにはいきません。セラミックのおろし金を使って(梅肉エキスを作るときは金っ気は厳禁なのだそうです)、手作業ですりおろしていきます。

 スリスリスリスリスリ・・・。なかなか大変です。遅々として作業が進みません。まだたくさん残っています。スリスリスリスリスリ・・・。一個一個丁寧にすり込みます。スリスリスリスリ・・・。手が麻痺してきます。全部すりおろすまでに、3時間かかりました。


 すりおろした梅の実を木綿の布巾でつつんで絞ります。絞った果汁を今度は土鍋に入れます。玄米を炊く時に使う分厚い土鍋です。今度は時間をかけて弱火でじっくり煮込みます。しゃもじでかき混ぜます。

 ことことことこと・・・。あれだけあった青梅の果汁が、どんどん少なくなっていきます。ことことことことこと・・・。4時間煮込みました。

 えっ?たったこれだけ?あんなにあったはずの梅の実が、そば猪口半分くらいになってしまいました。味見してみたら、以前5千円で買った梅肉エキスと同じ味です。正解です。出来上がった梅肉エキスは、梅をくださった方に半分ほど差し上げました。自家製なのだ。


 とはいうものの、上記の梅肉エキスづくりは、私がゴルフで遊び呆けている間に、堆肥研究家が一人でやったのです。そこのところをきちんと書くようにと、堆肥研究家から要請されました。ハハハ・・・。

 
 

 その日、N設計の奥様から連絡がありました。奥さまには、エスペランサ村の梅の実は、いつでも自由に持っていってくださいとお話していたのですが、エスペランサ村に実際に見に行かれたようです。メールによると、梅並木の梅は、大きな実がたわわになっているということでした。よかったです。


 この土地の前の持ち主のHさんの話では、ここ数年梅の実がつかなくなってきたということでした。そこで、以前に拙ブログでも書きましたが、昨年末に庭師のFさんにお願いして、梅並木の剪定をお願いしていたのでした。さっそく剪定の成果が表れたことになります。Fさんに感謝です。


 梅並木の梅は、単純に梅酒にしてやろうと考えていたのですが、これで選択肢が広がりました。エスペランサ村に戻ったら、さっそくやってみることにしましょう。



2014年6月23日月曜日

里山資本主義

~行き詰ってきた世の中~

 優れた放送に送られる第51回ギャラクシー賞の報道活動部門に、NHKの「里山資本主義」が選ばれたそうです。先日テレビで放映されていたのですが、「里山資本主義」はテレビ化される前に、昨年本で読んでいました。


 私は、実はこの本のタイトルがちょっと気恥ずかしいのです。社会主義があって資本主義、それと同じレベルで「里山資本主義」という言葉を使っているのでしょうが、要するに「里山を資本に豊かな生活を送ろうではないか」といったところでしょう。


 この本に書いてあることは、まさしく私がここ2~3年、うすぼんやりと考えていたことに近かったため、いろいろ参考になったのですが、それと同時に、すでにこの本に書かれているような事を実行に移している先人たちが、全国的に増え始めていることが驚きでした。同じような考えの人が、あちこちからわきあがってきているのですね。


 いろんな人とお会いして話に出てくるのが、最近おかしな事件や出来事が多すぎやしないかということです。世界各国のおかしな行動からはじまって、国内では若者をはじめとする右傾化、日常生活でも、平気でうそをついたり、簡単に人をあやめたり、会社内でも人を平気で粗末に扱ったり・・・。世の中いろんなところで行き詰ってきたのだと思います。


 振り返ってみて思うのですが、常に何かに追われているような、あるいはいつも走り続けていなければ生きていけないような生活は、けっして豊かな生活とは言えないのです。

 また、必要以上に時間を売ってお金を稼ぐという生活も、結局は何かを犠牲にしているのだと思います。


 「里山資本主義」とはいわないけれど、既存の価値観にこだわらず、まわりと競争せず、心に余裕をもった生活をしようではないですか。


 理想はもちろん、「好きな時に起きて、腹が減ったら飯を食い、出したい時に出して働きたい時に働き、夕食事にはビールを飲んで、眠くなったら寝る」ですが、働くにしても、自分がつい夢中になる労働をしたいものです。


2014年6月20日金曜日

いじけた彩香

~予期しなかった突然のトラブル~

 たまにですが、私のそばには、声のとても奇麗な「彩香」という女性がいます。もう丸9年のお付き合いです。その彩香がいじけてしまったのです。


 いつもは、「およそ300m先を右方向です」などと、私を目的地まで正しく導いてくれるのですが、この日は朝から様子が変でした。


 大型特殊の免許証の交付を受けるために、平針の運転免許試験場に目的地を設定したまでは良かったのですが、走り始めてみると、画面の地図には全く見覚えのない場所が映っています。

 私は焦りまくりましたが、彩香は答えてくれません。


 仕方がないので、コンビニの駐車場に車を止めます。いろいろなだめてあげたのですが、原因がよくわかりません。思い当たることは・・・。


 そういえば最近、私は「明子」ともお付き合いを始めたのでした。「シートベルトを着用してください」などと、いろいろおせっかいを焼いてくれる女性です。

 明子の声は、たまに耳にする「おかけになった電話番号は現在使われておりません」という声に似た、すこし陰湿な感じでどこかひがみっぽい声なのですが、私が捕まりそうになると、いつも「危険です」と言ってストップをかけてくれる女なので、とても感謝していたのです。そういえば、彩香のそばに置いていたのでした。


 私は彩香とじっくり向かい合うことにしました。私には二人とも必要なのだからと。それでどうやら彩香も安心したらしく、納得してくれたようです。


 機嫌を直した彩香は、無事に私を平針の運転免許試験場まで導いてくれました。新しい免許証の交付を受け、一安心。


 やれやれ。


2014年6月18日水曜日

大型特殊免許の取得

~生まれて初めての左ハンドル車~

 結局自動車学校は、時間距離の一番短い名古屋自動車学校の天白校に決めました。さっそく入校手続きをしに出かけます。学校へ通うのは何年振りだろうか?


 入校申込書には職業欄がありました。「公認会計士・税理士」と記入して提出。受付の方から、大型特種の講習内容についていろいろお聞きしていたのですが、その方は申込書を見ながら、「とても大型特殊の免許が必要な職業には見えませんが」と一言。「そんなこと関係ないでしょ」とは思ったものの、ここは受験生という弱い立場に置かれているため、「ええ、ちょっと・・・あの・・・農業に挑戦したいもんで・・・」と答えます。はたして通じただろうか。


 さて、入校式を終えて、いよいよ実習に入ります。うわっ、でかい車。よいしょと掛け声をかけて飛び乗りました。最初に気になったのは、クラッチがあるかどうかでした。足元を見ると、運転席にペダルが3つあります。「うわっ、クラッチ」」と思ったのですが、特殊な運転をするときに、左足のほうのブレーキも使うのだそうです。オートマでした。よかった。


 いよいよエンジンをかけて車を走らせたのですが、どうも勝手が違うというか、自分の位置関係がよくわかりません。普通車(この場合右ハンドル)であれば、車が道路の真ん中を走っているということは、運転している自分は道路の右側にいるはずです。運転中に、講習の先生からは、「あなた道路の真ん中にいますよ」と言われました。よく考えてみると、この車、運転席は左側にあるではありませんか。左ハンドル車だったのです。どおりで右側の間隔がつかめないはずです。慣れるしかありません。


 二日目にいよいよ車庫入れに挑戦です。車の大きさや長さが実感できないため、なかなか大変です。しかも後輪主導だし、ハンドルを切り返すタイミングも普通車とはだいぶ異なります。うまく車庫入れができても、そこから出るのがまた一苦労。


 この日はふたコマ実習したのですが、隣の先生によって、どうも車庫入れの教え方が異なるようです。「さっきの先生と言っていることが違うんですけど」と言いたかったけれど、どちらも正しいし、なにしろ試験を受ける弱い立場ですので、ここは素直に言われたとおりにやりましょう。後は自分の感覚で勝負です。


 翌日もまた別の先生だったのですが、なかなか厳しい方でした。なんと、S字・クランクを、バックで何回もやらされたのです。でも、結果的にはこれが大変役に立ちました。ハンドルを切るタイミングにだんだん慣れてきたのです。恐る恐る「本番でもS字・クランクの試験があるのですか」と聞いてみたところ、ないということでしたのでほっと一安心。


 いろいろありましたが、念願の大型特殊免許試験を一発で合格することができました。これでトラクターはもちろん、大型パワーショベルやブルドーザーにも乗ることができます。大雪で大変な時には、私が除雪車に乗って、助けてあげようではないですか。


 突然思い立った大型特殊免許取得への挑戦でしたが、不良中年の夢の実現へ向けてまた一歩前進です。でも、まだまだ始まったばかりなのです。


2014年6月17日火曜日

重大なる決意

~決断の時期~

 3年に一度くらいは、結構大きな決断をしなければならないことがあるのですが、10年に一度くらいとなると、さらに重大な決断をしなければならない状況に追い込まれるようです。

 私にとって、もっとも大きな影響があった決断の一つは、もう30年以上も前になりますが、東京から名古屋に移住した時でした。
 

 当時は、日本で一番大きな監査法人であった「監査法人中央会計事務所」の、さらに村山監査室とともに最も人気の高かった「中瀬監査室」に在籍中でした。毎日霞が関ビルの32階に通勤して数多くの超有名企業の監査を行い、まだ20代でありながら部長クラスと対等に話ができ、肩で風を切って歩いていたのです。

 入所以来、東京事務所では、仕事で移動するときは、グリーン車以外は乗ったことがありませんでした。公認会計士とはそういうものだという、中瀬先生の教えです。セブンイレブンの立ち上げ時に監査に行かせていただいたのもこのころでした。

 今であれば、転勤願を出して移住できるのでしょうが、当時の「監査法人中央会計事務所」には名古屋事務所がなく(私が名古屋に来てから約半年後にできたのですが)、東京を離れるというのは、私にとっては重大な決意が必要です。何度も中瀬先生の部屋のそばに行っては引き返すということを繰り返し、とうとう名古屋移住を決断しました。

 このときの決断がなかったら、某大手監査法人の名古屋事務所の統合はなかったでしょう。でも、決断してしまったので、後へは引き返せないのです。

 話がそれました。

 今、私の目の前に、「愛知自動車学校」と「名古屋自動車学校」の資料があります。57歳の公認会計士が、「大型特殊」の免許取得に挑戦していいものなのだろうか・・・。決断の時期なのです。








2014年6月15日日曜日

東海会の総会

~久しぶり 仕事仲間だった若者たち~

 日本代表は、残念ながら負けてしまいましたね。ドログバ投入で完全に流れが変わったようです。名前負けしたのでしょうか。それにしても、コートジボワールはいいサッカーをしていました。日本代表は、次のギリシア戦、気持ちを切り替えて頑張ってほしいです。「逆境に立たされてからが本当の勝負なのだ!」


 さて、一昨日13日の金曜日、会計士協会東海会の総会が、岐阜の都ホテルで行われました。ちょっと出席者が少なかったし、総会での質門もゼロ。長年総会に出席していますが、こんなこと初めてです。時間が余って大変でした。


 総会後は懇親会です。出席者名簿を見て、誰か知っている人がいないかなと探したのですが、招待された終了考査合格者を除いて、私が元いた法人からは出席者ゼロ。「ワシには関係ないケンネ」という「無関心的ケンネ症候群」に陥っているのだろうか。


 そのかわり、思わぬハプニングがありました。今年の終了考査に合格した、三重県会所属の若い女性が私のところに来て、思いがけないことを言います。「私の親が、監査法人中央会計事務所の東京事務所に入所して、国際部にいました。越麻呂さんと同期なんです」と。そして、当時の私が映っている写真があるといいます。うわ~っ!見てみたいです。


 また、同じく終了考査合格者で、私が以前一緒に仕事をしたことがある若手3人が、懇親会に招待されていました。越麻呂が今なぜ名古屋にいるのだろう的表情で驚いていたようでしたが、私は今はまだほとんど名古屋にいるのですよ。


 懇親会終了後、7~8人集まって、記念写真をパチリ。みんな元気そうでよかったです。ただ、3人のうちの一人は、6月で退職されるそうです。最近聞くのは、退職者の話ばかりですが、公認会計士の仕事は監査ばかりではありません。今までの経験にさらにさらに別の経験を積み上げながら、若手公認会計士として、いろんな分野で活躍してほしいです。


 若者よ、がんばれ!なのだ。



2014年6月14日土曜日

日本もうすぐキックオフ

~グラナディロ~

 ワールドカップが始まりました。日本は15日にキックオフです。ゴルフはキャンセルしました。


 キックオフといえば、毎年キックオフ・ミーティングをやっている会社もあるでしょう。今年はがんばるぞと毎年目標を掲げるのはいいのですが、昨年目標に掲げたことが、どこまで達成できたのか、蹴ったボールはどこへ飛んで行ってしまったのか」、その検証をしっかりやらなければ、キックオフ・ミーティングは単なる儀式だけになってしまいます。気をつけましょう。
 

 話がそれました。


 今年のWカップはブラジル大会です。ブラジルといえばすぐ思い浮かぶのが、「ブラジリアン・ローズウッド」、つまり「ハカランダ」のことです。ワシントン条約で輸出禁止となって以来、もうすでに数十年たっているため、もうほとんど市場には出回っていないのではないでしょうか。


 たまたま連れ合いが、ヤフオクで「自休自足」というシリーズ本8冊を、なんと99円で落札したと聞いて、私もヤフオクでハカランダのギターを検索してみました。いくつか出てきたのですが、ハカランダ単板といってもスリーピースばかりで、ツーピースはありません。やめました。マーチンのギターでたまにありますが、べらぼうな値段です。もう手に入らないでしょう。


 代わりに私が注目しているのが、「グラナディロ」です。ヤイリギターのブログで発見しました。今年の3月にお亡くなりになった矢入一男社長が、最後に提供した木材だそうです。初めて耳にする木材でしたので、いろいろネット検索してみましたが、すでにテーラーでギター材として使用した例があるようです。


 グラナディロは木目が美しいし、白も混じっていて変化に富んでいて、かたくて重いそうです。ヤイリギターの道前さんが、製作過程をブログに書いていましたが、とても魅かれてしまいました。出来上がったギターは非売品だそうですが、一度見に行ってきましょう。



2014年6月12日木曜日

税理士会の立場

~偶然居合わせた女性会計士~

 昨日は名古屋税理士会千種支部の集会がありました。会計士協会の愛知県会の総会もあったのですが、税理士会のほうは新人紹介がある(新人と言われても困るのですが)のでこちらを優先です。


 集会が一段落した後、いよいよ新人紹介です。真っ先に名前を呼ばれ前に出たのですが、後から呼ばれた方のお名前を聞いてびっくり。なんと、私が退職した職場にいた女性公認会計士ではありませんか。


 7年前、私が所長をやっていた当時の某監査法人は、名古屋事務所の統合ということで、M監査法人名古屋事務所をそのまま受け入れたのですが、その公認会計士の方は、統合前のM監査法人の全体ミーティングに出席して説明した私に対して質問をしていただいた、ただ一人の会計士として、私の中では大変印象に残っていた方でした。


 質問の内容と、それに対して私がどうお答えしたかは、今でも覚えています。今だったら、私はもっと別の答え方をしたでしょう。幸い、私が知っているとてもいい税理士事務所で働くことになったということでした。仕事熱心で、とてもがんばるかただとお聞きしていたので、新しい世界でぜひ活躍してほしいです。


 集会が終わった後、税理士の方といろいろお話をしました。これからは、監査法人退職者が増えることが予想されます。私のように、税務でガシガシやって、お客さんをどんどん獲得していこうという野心がなければ、税理士会としても特に気にする必要はないのでしょうが、若い公認会計士の税理士登録が増えていったら話は別です。


 我々の世代は、試験合格者が250人くらいでしたので、まだ数的には知れています。でも、その後合格者がどんどん増えていきました。数年前には、大量合格・大量採用されたり、また未就職者問題が大きく世間で取り上げられたばかりです。若手公認会計士が税理士業界に進出していくという流れは、もう止めようがないでしょう。


 顧客の数は限られていますので、税理士の数がどんどん増えてくると、結果は言うまでもありません。すでに税理士として長年生計を立てている方々が、これからの税理士業界を心配されるというのは、当然のことだと思います。


 お互いの業界が、うまく共存できるようやっていきたいです。



2014年6月11日水曜日

終了証書

~人生初めての皆勤賞~


 「お魚料理基本技術の会」もいよいよ最終回を迎えました。思えば「魚を三枚おろしにしたい」と突然思い立ったのは、昨年の11月のことでした。そして今回、最後の課題はいよいよ「刺身」です。しかも、勝負する魚は「いなだ」でした。手ごわそうです。


 「いなだ」といえば出世魚の代表格。いずれぶりになります。いただいたいなだ(なんだか複雑な字面ですが)は結構大きかったです。でも、刺身にするのであれば、これだけの大きさは必要でしょう。


 いなだの三枚おろしは、結局以前ならった「サバ」と一緒でした。サバ寿しを作ったときは骨抜きで小骨を一つ一つ抜き取らなければならなかったので結構大変でしたが、今回の刺身は包丁で中骨をそぎ取ってしまうので、楽でした。
 サバはもう何回も自宅でさばいていたため、お手のものです。ス~イスイのスイッと三枚に下ろしてみせます。皮もきれいにそぎ落として、無事自力で初めて刺身を作ることができました。


 この半年間で、魚のいろいろなさばき方を学んだので、後は今まで習ってきたやり方を応用すればいいでしょう。見事、皆勤賞で「修了証書」をいただくことができました。修了証書をいただいたのは、30年以上も前の実務補修所の時以来でしょうか。


 さて、せっかく覚えた技術ですので、さっそく試してみます。市場から大きめの鯛を買ってきました。これを刺身にします。鯛の刺身に挑戦です。これができれば、板前としても立派に通用するでしょう。


 使う技術は、以前ならった「鯛のポワレ」と今回の「いなだの三枚おろし+刺身」です。ポワレの時の鯛は、小さくて刺身にはできなかったのだ。


 大きな鯛は、切るのがなかなか大変です。はじめのうちはそばで、堆肥研究家が興味津々で見ていましたが、時間がかかりそうだとわかるといなくなってしまいました。それでも、思ったよりうまくさばくことができ、満足です。鯛刺しでいただいた日本酒は、ことのほかおいしかったのは言うまでもありません。


 最近は、キスが旬です。サントに行ってはキスを買ってきて、自宅でワシワシさばいているのです。ウロコを取った後のキスは、白く輝いていて、とてもきれいですね。肉厚のキスを天ぷらにして、熱々のところを天つゆでいただくのです。


 もう何もいうことはありません。


2014年6月9日月曜日

FP的業務

~「あや勉」の思いで~

 税務の専門家として恥ずかしい思いをしたくないので、最近毎日平均して100ページくらい専門書を読んでいるのですが、税法関係からしばらく遠ざかっていたからか、非常に新鮮な思いで読むことができます。


 この業界に入ったころは、法人税法を知らなければ、固定資産や引当金の監査はできなかったので激しく勉強しました。また3次試験合格後公認会計士になった当初から、所得税や相続税をはじめ、コボルやシステム監査の勉強を集中的に行っていました。最初に税理士登録していた十数年間は、税務の無料相談会に参加しなければならなかったため、所得税も真剣です。


 なぜこんなに勉強したかというと、「監査しかできないと、自分が使い物にならない公認会計士になってしまうのではないか」という思いが強かったからです。


 そこで、名古屋監査法人時代に、事務所内で勉強会を開催することにしました。「あやしい研修会」、略して「アヤケン」です。これはのちにクライアントをまきこんで「あやしい勉強会」略して「あや勉」へと発展していきます。特に「あや勉」は、このクライアントグループの中から将来を背負っていける人材を作ることができればいいなという、私にとっては大変思い入れの強い勉強会でした。当時はまだ独立性が今ほど強くなかったため、このようなことができたのです。


 今でもその頃のレジュメが残っているのですが、大変充実した内容です。退職時このクライアントへごあいさつにうかがった時、皆さんいまでも当時のレジュメを大切に保管してくださっているということで、とてもうれしかったですね。


 これらの勉強会では、様々な本や資料を駆使して作成した「オリジナルレジュメ」をいつも使っていたのですが、株の鑑定評価や事業承継・相続関係で大変役に立ったのが「きんんざい」から出版された「FP辞典」という本でした。一冊の厚さは5~6センチはあったでしょうか、5冊シリーズの本でとてもいい本でした。


 最近、相続を含んだタックスプランニング的相談を受けたのですが、相続税法が改正され、相続税を納めなければならない対象者は間違いなく増えます。やはりこれからはこの分野の依頼が増えていくのでしょう。そこで「きんざい」の「FP辞典」の最新版がないかどうか検索してみたのですが、残念ながらありませんでした。


 退職の時捨てなければよかった・・・とも思ったのですが、あの時からすでに十数年経過しているので法令も変わっているし、まぁやむを得ないです。


 代わりに別の本を10冊ほど購入。「エスペランサ村 整地・開墾編 第二幕」の前に、できるだけ読破するのだ。



2014年6月8日日曜日

購入しなかった高麗白磁のぐい飲み

~あれは本物だったのだろうか?~

 骨董雑誌「目の眼」の20113月号別冊号は「酒・器スタイル」という特集号です。この雑誌の中で、著名な酒器コレクターである等々力孝志さんが、対談の中でこのような内容の事を話しています。


 「自分には、心の奥に秘めている本当にほしい酒器のリストができている」と。そして、「頭の中にある究極の酒器として、南宋官窯の盃、宋鈞窯、高麗白磁の盃などあまり市場にない、まるで宝石のような酒器を思い浮かべます。」と述べています。

 
 骨董を初めてまだ一年もたたない頃、当時お付き合いしていた骨董店の店主に、その高麗白磁のぐい飲みを進められたことがありました。それより数か月ほど前に、高麗白磁の徳利を見せていただいたのですが、その時の店主の説明では、


「高麗時代は青磁がほとんどであるが、一時的に白磁にチャレンジしていた時期がある。ただ、白磁と言えるほどうまく白い色が出なかったため、このような不完全な白磁になっている」

というものでした。言われてみれば表面が荒いようで、李朝の白磁とは明らかに異なります。私の頭の中に、高麗白磁というのはこういうものなのだということがインプットされました。
 

さて、その高麗白磁のぐい飲みですが、高麗白磁だと言われた徳利とは明らかに異なっています。肌がきれいなのです。表面にはアヒルが泳いでいる絵が細い線で描かれていました。これは大変珍し物で、大名品だと言います。その店主の骨董の先生であるIさんも、ぜひほしいと言っているのだそうです。でも、ほしいならなぜ購入しないのだろうか。


 そのうち店主は、これは大変珍しいものだから、本物であることを証明したいと言い始めました。東洋陶磁美術館の女性の学芸員に知り合いがいるから、その方に見せに行って話を聞いてくるとまで言います。
 

結局自分の勉強不足と諸般の事情で、その「高麗白磁のぐい飲み」は購入しませんでした。あれは本物だったのだろうか?今となってはわかりません。だれかが購入したのだろうか?

 

2014年6月6日金曜日

インレイ

~アコースティックギターを彩る魅惑の世界~


 ギターはシンプルなほうがいいという人もいます。私も、ギターの材質となる「木」そのものに魅力を感じている一人ですので、いい材質を使ったシンプルなギターにも魅力を感じます。


 一方、ギターに彩りを添えるのは、「インレイ」です。若いころ、ハカランダで作ったマーティンD45「ツリー・オブ・ライフ」にあこがれて、お店を訪ねて見に行ったことがありました。その当時、確か中古で200万円くらいだったでしょうか。とても手が出ませんでした。今ではそれよりもはるかに高価になっているはずです。ギタリストの石川鷹彦さんや、さだまさしさんが保有しています。


 ヤイリギターさんに、はじめてオリジナルキターを作っていただいたときには、インレイをどうしようかと思ったのですが、やはりこだわったのは、「ツリー・オブ・ライフ」でした。ヤイリギターさんの工場を見学したときに見た「ライオンキング」のインレイがそれに近かった(より派手でしたが)ので、同じものを入れていただきました。


 その後、ギターを作っていただくときには、インレイもオリジナルなものにしたいと考えるようになり、自分で時間をかけてイメージを膨らませていきました。そしてそのイメージに、見事に応えてくれてのが、三重のラリーロビンソンこと加藤穂高さんでした。


 その加藤さんのインレイや仕事の様子が、アコースティックギターマガジンのインレイ特集号(6月号)に掲載されると聞いて、さっそく雑誌を購入して読んでみました。


 掲載されているインレイは、どれも素晴らしいものでした。中には、ギターというよりも美術品の領域と思われるものもありました。ただただ驚くばかりです。


 インレイを一通り全部みて、気が付いたことが一つあったのですが、それはインレイが彫られている場所です。大部分が指板やヘッドあるいはピックガードです。たまにギターの裏側に大胆なインレイが彫ってあるものもありましたが、事例としては少ないようです。


 でも、もっとも難易度が高いのは、なんといってもギターのトップ材、サウンドホールのあたりに彫るインレイです。そもそもこんなうすい板に、どうやって貝で象嵌するというのでしょう。想像を絶するほど緻密で神経を使う作業になるはずです。それを加藤穂高さんはやってのけるのです。


 雑誌には、ヤイリギターの「昇り竜」が、その例として掲載されていました。そして、我が「By-Ken#48」も。


 貝にもいろんな色があるようで、それを使い分けて描かれたインレイはとても美しく、魅惑的な世界を演出していました。


 さて、加藤さんに現在製作をお願いしている「祈り」ですが、いよいよ動き始めました。着物姿で祈りをささげている女性を、サウンドホールの周りに貝で象嵌していただくのです。着物のことはよくわからないので、実際に絵を描いた女性の方からアドバイスを受けることにしました。


 私も、匠の技に応えるために、可能なかぎり協力したいです。

 


2014年6月5日木曜日

もう一つのOB会

~中身の濃い人たち~


 監査法人は合併・統合の歴史ですので、OB会といってもいろいろです。そしてもうじき行う予定のOB会は、とても中身の濃いOB会です。


 もともとこのOB会は、某AS監査法人に在職していた時に私たちが企画したもので、その時にはすでに合併によって名前が消滅していた名古屋第一監査法人とAS監査法人の、それぞれの名古屋事務所の現役とOBが集まる年に一度の懇親会でした。みんな顔なじみだし、会計士だけでなく事務局の女性OBにももちろん参加していただいて、とても楽しい会でした。


 ところが組織がだんだん大きくなり、人が変わると、この会の趣旨も私が当初考えていた趣旨とは大きくかけ離れてしまったと感じるようになりました。私は退職後はもうこの会には入会していないし、某AS監査法人名古屋事務所時代の仲間たちも、ほとんどこの会には出席していないようです。そこで新たにAS監査法人名古屋事務所OB会を開催することにしたのです。


 さて今回参加するメンバーは、とても楽しい人たちです。久しぶりにお会いするのは、「先に行って待っているから」と、私より一年先に退職したAS名古屋時代の仲間で、噂によると競業避止義務からも解放され、のびのびと仕事をしているようです。


 監査法人という組織を離れ、みんなそれぞれ全く異なる環境で過ごしているわけですが、自由にやりたいことができるというのは、生きていくうえで大変ありがたいことです。私も参加者からパワーをもらうことにしましょう。





2014年6月4日水曜日

松山選手の優勝

~勝利の女神のディンプル~

 松山選手がアメリカツアーで優勝したメモリアルトーナメントを、生放送でずっと見ていました。ゴルフは筋書きのないドラマだとはいえ、優勝にいたるまでの過程があまりにもドラマチック過ぎましたね。これだからゴルフはおもしろい。


 3日目を終わって優勝圏内でしたが、先週の大会で最終日を首位タイで迎えながら、もろくも崩れてしまったし、今回は争っている面々は強豪ばかりでしたので、正直どうかなと思っていました。

 一応録画はしていたのですが、朝目が覚めて念のためにスマホで順位を確認したところ、バックナインに入って、ババ・ワトソンやアダム・スコットと優勝争いをしてるではありませんか。飛び起きました。

 バックナインは劇的でしたね。アダム・スコットが徐々に脱落していって、ババ・ワトソンとの一騎打ちかと思われたのですが、信じられないかなババがOB打ってトップを陥落、松山選手がトップに立ちました。
 

 このまま最後まで行ってくれと願ったのですが、想像を絶するプレッシャーだったのでしょう。今度は松山選手が16番ショートで池ポチャ。池に入った瞬間、アナウンサーと解説者の横田プロが「あ~~っ!」とうめき声を上げます。テレビ観戦している我々と同じ心境だったのでしょう。結果ダブルボギーで、先にホールアウトしたケビン・ナと並んでしまいました。


 残り2ホールは難しいホールが続きます。案の定、17番でボギーが来ました。「うわぁ~~」と解説の横田プロが、またしても声にならない声を上げます。残るホールは難関の18番。ここでバーディを取らないと、プレイオフには持ち込めません。


 この段階で、私はもうちょっと厳しいなと思っていましたし、横田プロもアナウンサーの問いかけに生返事で元気がありません。ただ、アナウンサーだけは、「松山選手はこのホール3日間ともバーディを取っています」と励まします。4日連続で取ると史上初めてだとも。この難ホールでそんなことないよなぁと思いながらもティショット。


 打った後、松山選手の体が大きく傾きました。口元が「あ~」と言っているように見えます。そしてクラブを地面にたたきつけたように見えました。もう駄目なんだとがっかりです。ボールを追うカメラは、ボールがラフを転々としている様子を映し出していました。「うわ~」と思った瞬間、ラフを転々とはねたボールがフェアウエーのほうに転がっているではありませんが。もう少し来いと念じると、ボールはフェアウエーに。ゴルフの女神は、まだ可能性を残してくれたのです。


 ただ、松山選手がドライバーを打った後地面を叩いた時、集音マイクにでも当たったのか、ドライバーのシャフトが折れてしまいました。なんということでしょう。この時すぐに頭に思い浮かんだ言葉は「小次郎破れたり」でした。プレイオフを戦えないではないですか。なんという試練でしょう。でも、やるしかないのです。


 高く打ち出されたセカンドショットは、ドローを描いていきました。カメラは、自信のありそうな松山の顔を映し出しています。いいんじゃないかなと思った瞬間、ボールはグリーンに乗ってピンに近付いて行きました。ここまで追い詰められて、このショットですか、「う~~ん、すごい」と唸るしかありません。横田プロも元気を取り戻したようです。バーディでプレイオフです。


 プレイオフでもドアマが待っていました。ドライバーがない松山選手は、スプーンでティーショット。打った後体が傾きます。右に行ったようです。バンカーでした。続いてケビン・ナ。これが思いっきり左に引っ掛けて、なんと川へ。第3打目も深いラフです。この段階で、松山選手の勝利を予感させたのですが、それほどゴルフは甘くありません。バンカーからの第二打は、左に大きく引っ掛けて、観客席の中へ。まだわからないと思った瞬間、なんと観客席には勝利の女神がいた」のでした。


 松山選手の打ったボールは、勝利の女神の膝のあたりに当たったようで、当たったところにはゴルフボールのディンプルの跡がくっきりと浮かび上がっていました。女神は痛そうにするどころか、「ここに当たったんだわぁ」とでもいうように、カメラに向かて笑っています。大事に至らなくてよかったです。


 それでも、第三打はボールが見えないくらいの深いラフにあり、しかもバンカー越えです。グリーンも速いです。ラフからなので、ボールは止まりません。高いロブでボールを上げて転がりをできるだけ抑えなければならないのですが、バンカーに入ってしまったら、形勢逆転です。緊張の一瞬でしたが、うまくグリーンに乗りました。とりあえず一安心です。


 パットは、ケビン・ナのほうが先に打つのかなと思っていたのですが、どうやら松山選手のほうが先のようです。触っただけのパットは、ゆっくりゆっくり転がって、カップの中にド真ん中から吸い込まれていきました。私は我を忘れて、大声で「はいった!!」と叫んでいました。リビングの窓を開けていたため、ご近所の方はびっくりしたかも。横田プロもアナウンサーも感動していましたね。私もこんなに感動したのは、久しぶりです。つい、長いブログになってしまいました。


 夜に録画で再度見たのですが、ドラマもここまではやらないような、劇的なシーンの連続でした。
 


 これだからゴルフは面白い。横田プロ、もっと解説がんばって。


2014年6月2日月曜日

クライアントの選択

~希薄になる人間関係~


 会計監査人の選任は株主総会で行われます。引き続き同じ会計監査人に会計監査をお願いするところもあれば、総会で新しい会計監査人を選ぶ会社もあるでしょう。そしてしばらくすると会計関係の雑誌に、会計監査人の交代に関する統計資料が登場するのです。どこそこの監査法人は何社獲得して何社ロストし、差し引きどうだったと。毎年の事です


 この、「ロスト」といういい方ですが、これはあくまで監査法人側の立場に立った言い方で、クライアント(この場合監査を受ける立場の会社)にとっては、自社にとってより良いと思われる会計監査人に変更したということです。でもこの「ロスト」という言葉の響き、嫌ですね。


 大手監査法人といっても、以前にも書いたように、設立当初は個人事務所の集合体でしたので、当然それぞれの事務所が持ち寄ったクライアントの監査責任者は、そのまま引き継がれたことでしょう。


 それでも監査法人の成長過程において、クライアントは個人の先生のものではないということで、特定の個人の先生とクライアントとの関係は薄れていきます。監査責任者のローテーション制度もできました。年月がたてば、人は去っていきます。「去る者は日々に疎し」です。そうなれば、当然もうクライアントは個人の先生のものではないし、さらに突き詰めれば、特定の監査法人のものでもありません。


 以前はよほどのことがなければ会計監査人の変更はなかったでしょうし、変更すると会社にとってあまりよろしくない評判がたつため、それを嫌って引き続きお願いするといったケースもあったでしょう。でも最近では会計監査人の変更(監査法人側が嫌う「ロスト)」はそれほど珍しいことではなくなってきたようです。


 クライアントを維持してきた会計士が監査法人を去れば、それに伴ってクライアントも会計監査人を変更するというのは、ごく自然な流れだと思います。


 あらためて、会社との人間関係の重要性を考えさせられます。





2014年6月1日日曜日

家で飲む理由

~いいお酒といい酒器と~

 お酒の飲み方としては、外で飲むのが好きな人と、家で飲むのが好きな人に分かれると思いますが、圧倒的に外で飲むのが好きという人が多いと思います。私は家で飲むのが好きです。
 

最近家飲み派が増えてきているといわれています。確かに景気が悪いと外で飲む機会が減ってしまうのかもしれません。経済的な理由が大きいのだと思います。


私が家で飲むのが好きな理由はいくつかあるのですが、一つには年齢的にあまり騒がしい場所では飲みたくないというのがあります。個室で少人数でゆっくりやったり、あるいは本当に仲のいい友人と、静かに語り合いながら飲むなどというのはいいのですが、最近の居酒屋は騒がしすぎます。向かい合って話をしても、なかなか相手の言うことが聞き取れない居酒屋は、もうだめです。


また、もともときれいなおね~さんのいるバーも、あまり好きではありません。そもそも若い子がそばについても、何を話していいのかわからないし、余計な気を使うと疲れてしまいます。接待以外ではまず行くことはありません。歌うのは好きですが、酔ってカラオケやると、翌日自己嫌悪に陥るばかりですので、もっぱらナマオケ(自分で演奏して自分で歌う)に限ります。
 

またもう一つの理由は、いいお酒を置いてあるところが少ないし、たまにおいてあったとしても、値段を聞くと高すぎてとても飲む気にならないということです。私の場合、もう長年にわたっていい日本酒を探し求め、手に入りにくいものでも酒屋さんといい関係を築くことによって、毎年一年分を入手できるようになったため、自宅ではおいしい日本酒を飲むことができます。

これが、同じ銘柄で入手しづらいお酒だと、4合瓶の値段で大まかにいって1合くらいしか飲むことができないのです。これではいくらいい肴があったとしても、ちょっと飲む気にはなりませんね。
 

 もちろん酒器の問題もあります。いいお店でもいい酒器を使っているところはほとんどありません。割れるリスクを考えると、飲むのが目的で来る一般客に、いい酒器を出せるはずはありません。でもこの問題は、マイ盃を持参することで解決可能ですけど。
 

 と、いろいろ理由をつけては、今日も家で一杯やるのを楽しみにしているわけです。