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2012年2月29日水曜日

君は計算が得意だから・・・

~職業の選択~




 作家の浅田次郎さんの本に「君はうそつきだから、小説家にでもなればいい」とう本があります。ご自分の過去を振り返ったエッセイなのですが、なかなか面白かったです。「小説家に」ではなくて「小説家にでも」というところがいいですね。それにしても、うそつきと小説家を結びつけるとは。


 学生時代、やんちゃでいたずらで問題児(ご本人の言葉です)だった浅田さんは、先生に微笑みながら言われたことを今でもはっきり覚えているそうです。その後いろいろ紆余曲折があったのですが、小説家になりたいという信念を最後まで貫き通し、遅れはしたもののご自分の夢を実現されました。


 職業を選択するきっかけは、人それぞれいろいろあると思いますし、また様々な偶然が積み重なって、たまたま今の職業にたどり着いたという人も多いと思います。私の父親も戦後の混乱期にいろんな偶然があったようですが、56歳で税理士にたどり着き、今でも現役です。


 私はというと、小学校の2~3年生でしたか、何がきっかけとなったのかは思い出せないのですが、なぜか椅子を作り、それが大人たちに褒められたこともあって、大工さんになりたいと思っていました。結局は大工さんから公認会計士に進路変更することになったのですが、その間にも、歌手になりたい、歌を作りたい、シンガーソングライターになりたい、会計士試験に通った後も、小椋桂のように二足のわらじを履いてみたいと思って、必死に歌を作っていました。公認会計士を選んだのは、決して「君は計算が得意だから公認会計士にでもなりなさい」といわれたわけではありません。


 ゴルフをラウンドしていて、例えば落としどころが限られているようなトリッキーなホールで、たまたま理想通りのいいショットが打てたりすると、「さすが会計士、計算通りですね」などとひやかされることがあるのですが、計算が得意→計算高いと連想してしまい、あまりいい気もちはしません。そもそも私は計算があまり得意ではないので。ましてやゴルフはつくづく計算のできないスポーツだと思います。無心でプレイしているときはいいのですが、なんとなく調子が良くてスコアカードを見てみたら、残り2ホールをボギーペースで30台などと気が付いてしまうと、たいてい次のホールでOBを打ってしまいます。不思議なものですね。ましてや人生においては計算などできるはずもありません。


 私の身近にいる怪しい税理士は、父親に「おじいさんの後をついで、自衛隊に行きなさい」といわれたようです。そこから一大発奮し、学生時代に税理士試験の簿記・財表合格、翌年税法3科目一発合格という離れ業を演じました。何がきっかけになるかはわかりませんね。


 NHKドラマ「監査法人」では第2話で、公認会計士の健司が飛鳥屋の裏帳簿を暴こうと不動産屋を回ります。そして、土地の大幅な時価下落の実態をつかみ、鈴本公認会計士にその事実を突きつけるのですが、そこで健司は鈴本公認会計士にきつい一言をかけられます。

「不動産屋にでもおなりなさい」と。

もちろん健司は不動産屋にはなりませんでしたが。

2012年2月27日月曜日

東北を日本のブータンに

~都会がうらやましいというわけではない~




 最近、大阪都構想だとか中京都がどうだとか、第二の東京都づくり構想が話題になっていますが、私としてはそんなことよりも、東北のほうに想いがいってしまいます。


 先日新聞に、小さな特集ですが、ブータンの生活ぶりが取り上げられていました。ブータンといえば昨年、かっこいい国王と美しい王妃が来日し、その控えめで常に祈りをささげている姿に多くの日本人が好感を抱き、ちょっとしたブータンブームになりました。


 わずかな記事でしたが、新聞によりますとブータンは仏教国で、そんなに物質的に豊かではないけれども家族とのつながりを大事にし、失業率は高いけれども国民の満足度も高いようです。来日の際に話題となった国民総幸福量(GNH)という指標が、憲法でも取り上げられているのだそうです。


 震災からもうすぐ1年になろうとしていますが、東北はもう経済力や工業生産高では都会にはかなわないのだし、あほバカお笑いタレントに無理に迎合する必要もないし、カネがモノをいう世界とは無縁なわけだし、常に何かに追われているような生活や愚かな評価に一喜一憂するような虚しいだけの出世競争も都会の人たちにくれてやればいいし、株や円相場も上がったり下がったりしたって、それがどうしたと思っていればいいし、それだからこそ、東北独自の世界を築き上げればいいではないですか、と思うのですがいかがなものでしょうか。


 東北には、時には厳しいけれども雄大で豊かな自然があるし、食べ物やお酒もおいしいし、水も豊富にあるし、温泉だってあまり知られていないだけで、循環ではない源泉かけ流しの温泉がたくさんあります。いい観光地もたくさんあるのですが、広告宣伝が下手なだけで、見どころはたくさんあります。人々は無口だけれどやさしいし、犬や猫も満足そうな顔をしています。土地が広いので、マンションみたいな狭苦しい部屋に閉じこもっている必要もありません。


 冬にゴルフができないとか、骨董のいいやつが都会に集まるという、私にとっては少し個人的なマイナス要因はあるけれども、一度国民総幸福の概念を導入して、東北のこれからの進むべき道を考えてみてはいかがでしょうか。

2012年2月24日金曜日

スマホのない生活にどこまで耐えられるか

~活字人間の抵抗~




 私自身アナログ人間かデジタル人間かと聞かれたら、言うまでもなくアナログ人間に決まっています。しかも、紙に書いてある活字を読むのが人生の喜びの一つになっているのです。


 ただ、ケータイ電話は便利だということで、比較的早い時期に購入した記憶がありますし、カメラもデジカメが出始めたころに、小型ではなくて、当時としてはかなり思い切っていいやつを購入したはずです(電池がすぐに切れて困りましたが)。でも、音楽関係はイヤホンで聞く気にはならなかったため、そういったたぐいのものは購入しませんでした。


 さて時代は変わって今の世の中、大変便利なものがいろいろ出回ってきました。個人的には非常に興味はあるし、いつでも購入しようと思っているのですが、いざとなると超えることのできない壁があって、いまだに時代の流れに取り残された人を演じることになっているのです。それというのも、便利ではあると思うけれども、どうしても生活に必要なものではないという気持ちがあるからなのでしょう。


 ケータイはもちろん持っていますが、最近やっとメールをたまに使い始めたばかりで、ほとんど通話に利用するだけです。ケータイにいろいろ機能がついているのでしょうが、自慢ではないけどネットも利用したこともありません。新幹線の切符を取るのも、周りの皆さんは「何とかエキスプレス」で予約しているようですが、私は自分で自動券売機で購入しています・・・自慢にはならないけど。


 こういったデジタル機器を利用する気にならないのは、あの分厚い説明書が悪いのだと思います。どうやって読みこなせというのだ。しかも、何か新製品が出たというと、順番待ち状態で、手に入れたいと思ってもその段階でもう嫌気がさしてしまうのですね。購入手続きも面倒くさそうだし。


 と、いろいろ今まで取り残されてきた理由を長々と述べてきましたが、もうここまで遅れた以上、どうせなら最先端の機器を今年こそ手に入れるのだ。そして、どこにいても最新の情報を入手できるようにするのです。最後尾から最先端に一気に飛び越えるのですよ。


 でも、例えば日経の電子版を契約してスマートフォンで読もうと思っても、また電子書籍を読もうとしても、もう眼が悪くなっているため、あの小さな字がまともに読めるのだろうか・・・。だったら大きめのiPad2でも購入した方がいいのだろうか・・・でもiPadで電話はできないしなぁ・・・などと考えているうちに、また買いそびれてしまうのかも。
 

2012年2月22日水曜日

最近聞いた変な日本語

~あまり気にしないほうがいいのかも~




 たまたま評論家の小林秀雄河上徹太郎等の文章を読む機会があったのですが、このころの文人の書く文章というのはやはり難しく、日本語もしっかりしているし、私の頭の中の辞書にはない漢字もたくさん出てきて読むのには苦労しましたが、内容は非常に面白かったです。


 もちろん現代作家の中にも日本語にこだわりを持っている人たちがいて、清水義範さんもその一人です。最近読んだ本にも、若者言葉や日本語のむずかしさをテーマにした小説がありました。また、年末年始に秋田へ帰って何気なく自室の本棚を眺めていたら、「日本語の乱れ」という本が置いてあったため、つい読み直してしまいました。


 最近ある会合があり、それなりの立場にある人が挨拶をしていたのですが、その中で「ジョジツに」という言葉が出てきて気になってしまいました。おそらく「如実に」の事なのだろうなとは思ったのですが、自信を持って言われたため、もしかしたら私の勘違いなのかもしれないと心配になり、早速国語辞典で調べてみました。「ジョジツ」はなかったし、WORDで変換してもそれらしき言葉は出てこなかったため、なんとなくホッとしてしまいました。


 もう一つかわいくて笑えたのが、「リメンバーメール」です。これはすぐに「リマインドメール」の事だと気が付きました。リマインドとリメンバーは、日本語的にも英語的にもなんとなく言いたいことや発音が近いため、それなりに伝わるものがあって、納得感はありました。


 同じ人ですが、「メールをバックスペース何とかで送れば・・・」とも言っていました。これはさすがにすぐにはぴんと来なかったのですが、言っていることの意味からすると、おそらく「BCC」の事なのでしょう。


 いずれも自信を持って言われるので、そっとしておいてあげましたが、おそらく自分もどこかでおかしな日本語を使っているのかもしれません。「付け焼刃」はてっきり「つけやきば」と読むに違いないと思っていたのですが、「ゆけやいば」と聞いておかしいと思い、これも調べてみたら、この読み方もありなのですね。


 年をとると、テレビのアナウンサー達の言葉尻をとらえて、いちいち文句をつけるようになるのだそうですが、自分のそういった姿はあまり想像したくありませんね。


 それにしても「ということになります」はますます勢力を拡大するばかりですが、もう気にしないようにします。


2012年2月20日月曜日

林住期6年生

~まだまだ未熟な林住期の過ごし方~




 50歳からは仏教でいうところの「林住期」に入ります。そして25年間続くわけです。林住期に入ったら、もうガツガツすることなく、自分の意のままにやりたいことをやって穏やかに過ごしなさいということです。昔から25年刻みで人生を考えてきたため、この発想は私にはぴったりで、50歳になる直前から林住期を意識していました。


 ところがたまたま50歳を迎えたときに、重要な役職が回ってきたため、相変わらず全力疾走してしまいました。性格的になかなか手を抜くことができないため、どうしても一生懸命やってしまいます。本当はその性格を変えるところから始めなければならないのかもしれませんが、こればっかりは直すのは無理のようです。


 3年間の任期が終わった後は、徐々に本来あるべき生活のペースをつかみつつあります。つまり、それまではなんとなく優等生を装っていたけれど、ここ1~2年かけて徐々に不良化してきたということです。嵐山光三郎さんの本にもあるように、「不良中年は楽しい」を実践していかなければなりません。


 細川護煕さんは総理大臣も務めた方でしたが、60歳でさっさと政界を引退して表舞台からは姿を消してしまいました。その後は田舎に引きこもり、農業をはじめ晴耕雨読の生活をしているようです。また、陶芸家を目指して辻村史朗さんのところに弟子入りし、自分で新しい世界を楽しんでいます。先日も焼き物の本を探していたら、彼の立派な作品集が出ていました。辻村史朗さんといえば、たまに名古屋にもいらっしゃるようで、2年ほど前に志野のぐい飲みをいただいたのですが、機会があったらお会いしてみたいです。


 それはともかく、私にとっては実質54歳から始まった林住期ですが、これが25年間続くという保証はどこにもないのです。何が起こってもおかしくない世の中ですので。多くの人にいえることかもしれませんが、震災以来なんとなく生き方に対する考え方が変わってきたのではないかと思います。自分が本当にやりたい、あるいはやらなければならないことはなんなのかと。


 もう煩わしいことやつまらないことにかかわることなく、またそんな人は相手にしないで、林住期らしい時間の過ごし方を実践していきたいものです。

2012年2月17日金曜日

白磁で熱燗をいただく

~雑器でもいいから使えるものを~




 骨董といっても鑑賞陶器もあれば使って楽しめる雑器もあります。といっても前者はおそらく全く手が出ないため、私の場合はもっぱら使って楽しめるものが中心です。今回はこの冬に熱燗用として活躍している徳利をご紹介します。


 焼き物といっても陶器と磁器があるのですが、土物の徳利を熱燗用として熱湯で温める気にはならないため、陶器はもっぱら冷酒用です。といっても、直接酒杯に注いだ方が早いということもあって、あまり使いませんが。それに対して磁器の徳利は、丈夫で傷つきにくいし、熱湯にも耐えられるため、燗酒用として冬場には大変重宝しています。



 
 この白磁の徳利は、李朝初期のものであるといわれて購入したのですが、いろいろ調べてみると、しもぶくれの形からいっても肌のつやからいっても、おそらく李朝後期のものなのでしょう。


 もともと李朝の陶磁器は、中国のものが完成度の高い作品が求められていたのと比べて、なんとなくアバウトで遊び心があるというか、おおらかで細部にとらわれない作品が多いです。この徳利もちょっと傾いているような気がしますし、愛嬌がある形が気に入っているのですが、口辺がちょっと歪んでいるため、いわゆる酒切れがあまりよくありません。したがって、お酒を注いだときに、注ぎ切れなかったお酒のしずくが、つつーっとしもぶくれの胴体に流れ落ちてくるのですね。それを、掌をすぼめて流れ落ちるのを止め、なでなでしながらお酒を徳利にしみこませるわけです。そうすると徳利に一段と艶が出てくるのですよ。これを「育てる」といいます。


 傍らでは、私の連れ合いが何を愚かなことをやっているのだというような顔をしていますが、それが楽しみなのだからいいではないですか。中には徳利と一緒にお風呂に入るという収集家もいるそうですから。
 
 
 磁器ですので、私の代だけではとても育てきれないと思うのですが、この先たくさんお酒をいただいて、魅力のある徳利に育ってもらいたいものです。

2012年2月15日水曜日

おはようカラスの不思議

~カラスは賢い~




 カラスほど人に嫌われている鳥も珍しいと思います。昔からなんとなく不吉なイメージがありますし、ごみはあさるし、カーカー泣いていると、なんとなくバカにされているような気もします。


 毎週月曜日と木曜日はゴミ出しの日で、私もよく出勤途中で生ごみを出すのですが、カラスが袋を突き破ってしまい、道端にごみが散らかっている光景をよく目にします。そこで人間はいろいろ考え、2年ほど前からカラスが嫌いだといわれている黄色の網を作り、ごみ袋の上から網をかぶせるようにしました。それで被害が一時減ったような気がしたものです。


 先日自宅に回覧板が回ってきたのですが、それを読んで驚いてしまいました。なんと、カラスが集団で行動し、黄色のネットを一緒に取り外してしまうのだそうです。だからネットはきちんとかぶせましょうと。


 カラスはゴルフ場にもよく現れます。キャディさんがカートの荷物置きにおにぎりの入った袋を入れておこうものなら、くちばしで上手にチャックを開け、中のおにぎりだけ持って行ってしまいます。意地悪して、おにぎりにからしをたっぷりつけてやると、それは持って行かないのだそうです。キャディさんだけでなく、我々プレイヤーも袋の中にキャンディーなど入れておくと、上手に持って行かれてしまいます。見張り役もいるのだそうです。ゴルフ場でカーカー泣いているのを聞いていると、なんとなく下手なプレイを笑われているような気がして、あまりいい気はしませんね。


 今年も何回かゴルフ場に足を運んでいるうちに、またいつものメンバー達と顔を合わせ、やぁやぁ今年もよろしくとなります。ひと通りあいさつを終えて練習場に向かおうとしたところ、親しい人から声をかけられました。何事かと思って振り返ると、カラスが「おはよう」と言っているというのですね。はぁ?と思ってクラブハウスのほうへもどりかけたら、ハウスの天井に一匹のカラスが悠々と立ち尽くしてあたりを見回し、まぎれもなく「おはよう、おはよう」と言っているではありませんか。


 ハーフタイムにレストランの方に聞いてみたのですが、最近ここには「おはようカラス」がいるのだそうです。我々が聞いたのは間違いなかったのです。おはようと話す鳥は、九官鳥かオウムだけだと思っていたのですが、カラスの頭の良さには驚くばかりです。


 ゴルフをやっていると、いつも同じ失敗を繰り返す自分がいて、つくづく学習能力のなさを嘆かざるを得ないのですが、カラスの社会はもしかして彼らなりにかなり高度な社会を形成しているのではないだろうか。


2012年2月13日月曜日

力なき正義は無力なり!

~「ペンは武より強い」というけれど~




 先日新聞の本の広告を見ていたら「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という、結構衝撃的なタイトルの本が出ていました。よく売れているのだそうです。内容の紹介文を読んでみたら、伝説の柔道家木村政彦や国民的ヒーローだった力道山のほかにも、大山倍達ジャイアント馬場などの懐かしい名前が出ていました。かつて格闘技ファンだった私としては、ぜひその本を読んでみようと思ったのですが、少年時代の思い出が壊れてしまうのではないかと思い、結局購入するのをやめてしまいました。


 年明け早々、梶原一騎の弟である真樹日佐夫が亡くなりました。そういったこともあったのか、ふと頭の中をよぎったのが「力なき正義は無力なり」という言葉です。確か大山倍達を題材にした漫画「空手バカ一代」にあった言葉だと思います。


 「力なき正義は無力なり」この言葉は、私の出身大学の大先輩が残した言葉「ペンは武より強い」と全く正反対の言葉ではありませんか。理想は後者で現実は前者か、あるいは国や置かれている立場、時代によってどちらが真実なのか異なるということなのかもしれません。


 どの番組か忘れましたが、たまたまテレビをつけてみたら「池上彰」のテレビ授業が放送されていました。なんとなく聞いていると、国によっては体制派に都合の悪いことをいうと、公開処刑される(確か70万人といったような記憶があるのですが)ところもあるようです。まさしく恐怖政治ですね。また、別の国では、処刑されないまでも、しょっ引かれて投獄され、強制労働に従事させられたり、あるいは然るべき人でも出てくるのでしょうか、無理やり思想を変えさせるような行為が行われているのだそうです。身の回りにゲシュタポや憲兵のような人でもいるのかもしれませんね。怖いですね。


 こんな環境で暮らしていたら、言いたいことがあっても押し黙ってしまいます。とても「ペンは武より強い」などとはなかなか言えないでしょう。気の弱い私なんかは、手足のしびれで歩けなくなり、耳鳴りで音が聞こえなくなり、不整脈で心臓が止まってしまうかもしれません。


 昨年アフリカで起こった民主化の動きは、今年さらに広がっていくのかどうかわかりませんが、いくら正義を振りかざしてみても、結局は武力がなければ弾圧されて改革はならなかったのだと思います。


 今年は世界各国で、指導者たちを選ぶ選挙が予定されていますし、交代も行われることでしょう。政治の世界も「数の力」が物をいうわけですが、その数は「正論自由」で獲得した数であってほしいです。


2012年2月10日金曜日

料理は楽しい

~グルメではないけれど~




 震災以降は外食が減って「家飲み」する人が増えているのだそうです。私の場合は昔から典型的な家飲み派でした。気の合う仲間達とたまに外で飲むのと、仕事上のお付き合い以外は基本的には家で飲むことにしています。年を取ってくると、外で飲んだ場合、飲み終わった後自宅まで帰るのが面倒だということがあるのかもしれません。また、つい2年ほど前まで、頻繁に外で飲む機会があり、ちょっと外飲みに疲れたということもあるのでしょう。その点自宅で飲む分には、手酌で飲むペースも自分のペースですし、好きな時間に飲むのをやめることができます。そして、そのまま本でも読んで、眠たくなったら布団にもぐりこむだけですので楽でいいです。


 また我が家では、それぞれの事情で別々に外食することはあっても、一緒に外食することはほとんどありません。わざわざ自宅から外食しに出かけたり、どこかで待ち合わせて食事をなどということは、一年に2~3回もあるだろうか?記憶によると昨年は1回だけです。


 もともと二人とも働いているため、結婚以来「先に家へ帰った方が晩御飯を作る」という鉄の掟がしっかりあるのです。先に帰ってご飯ができるのをだまって待っていても、決して出てくることはないため、自分で作らざるを得ないわけですね。学生時代から料理を作るのには抵抗がなかったため、何の苦も無く作ってしまいます。そこらの居酒屋で出てくる料理よりも、自分で作った方がはるかにおいしいですし、自宅にはいいお酒もたくさんありますし。


 家に帰って冷蔵庫を開けてみると、食材が入っています。その限られた食材の中から想像力を働かせて、その日のおかず・・・というよりも酒の肴といった方がいいのか、とりあえず食べるものを考えます。焼きナス(作り立てはうまいし、余ったら翌日の朝食に)、たまたまご(玉ねぎ炒めに卵をかけたもの)、豚キムチに白菜の豚肉はさみ蒸し、牡蠣のバター炒めやキュウリのぶつ切りなど様々です。しかも作るのが早い。豚の生姜焼きは、前日の夜から醤油・みりん・酒・しょうが汁に漬けて冷蔵庫に入れておくのですが、昼食に近くのお店で食べる生姜焼きより絶対自分で作った方がおいしいです。


 楽しみは土曜日です。自分で近くのお店に食材を仕入れに行くのですが、土曜日は日本酒の日ですので、肴を選びます。自分でいただく料理をイメージしながら買い物をするのもなかなか楽しいものです。特に冬場は、おでんもそうですが、なべ物、それに味噌煮込みうどんの季節。一般的な食材にこだわらず、おいしそうな食材を買ってきては鍋にどんどん投入するのですが、これが絶妙な味になるのですね。一日では全部食べきれないし、残っただしにうどんを入れたりしていると、三日ほど食べることができます。必殺「Shizukaスペシャル」。安上がりなのです。



2012年2月8日水曜日

自宅に救急車が・・・

~秋田であった本当の話~



 前にも書きましたが、今年の冬はかなり厳しいようで、東北の人たちが心配です。毎年雪に関係する事故が後を絶たないのですが、今年も雪下ろしの最中に屋根から滑り落ちてお亡くなりになったとか、骨折して重傷を負ったというニュースを耳にします。また、仮設住宅に住んでいるお年寄りの方々は、雪下ろしさえできない状態だそうで、こちらも心配です。


 今年の冬は雪の多さもそうですが、風が強いのが特徴のようです。先日、秋田の実家に宅配で食料を送ったのですが、斜め向かいのご自宅に、そばにある会社の材木置き場から木材が風で飛んできて、ガラス窓を突き破ってきたのだそうです。幸いお怪我はなかったそうですが、自宅のそばに救急車や消防車がやってきて、一時は大変な騒動だったらしいです。


 ただどうもご近所の皆様方は、救急車が私の実家のそばに止まったということで、私の父親に何かあったのに違いないと勘違いしたらしく、皆さん心配で家まで駆けつけてくれたらしいです。父親は笑っていましたが、元気だとはいえもう高齢ですのでやはり心配です。肝心の被害にあった家は、窓ガラスがなくなってしまい、ビニールシートで窓を覆っているそうですが、この寒さの中ですので、こちらも大変だと思います。


 年末年始は秋田で過ごすため、その間は冬の厳しさを実感するのですが、本当に厳しいのは1月~2月です。私も東北出身とはいえ、この時期に東北で過ごすことがなくなってからもう35年以上になるため、その厳しさはもう記憶でしかなくなってしまいました。
 

 都会での生活に疲れたからといって、田舎暮らしに憧れている人も多いと思いますし、その手の本もたくさん出版されています。しかし、本当に田舎に住むつもりなら、一番気候のいい時期に田舎暮らしを体験して決めるのではなくて、やはり一番厳しい冬の生活を体験して、それでも田舎に住みたいと思ってからにした方がいいと思います。


 田舎生活は、冬は寒いけれど、でも東北の人たちは心根は暖かいですよ。



2012年2月6日月曜日

農業の将来を考える

~東北の復興に農業は欠かせない~



 田舎暮らしをして農業を始めたいという若い人たちは意外と多いのではないかと思います。若い人でなくても、興味を持っている人はいるでしょう。実は私もそのうちの一人なのです。でも、農家の方に聞いてみると、想像以上に農業というのは重労働なのだそうです。とても片手間ではできないと。農業で生計を成り立たせようと考えると、どうしても引いてしまいます。でもやってみたいです。


 自分が何か農業関係でできることはないか、自分の経験を農業に活かせることはないのかとはよく考えます。何日かでも東北で暮らしていると、その思いはだんだん強くなってきます。地元の新聞を読んでいると、よく農業関係の記事が出てくるのですが、そこで問題となっているのは、就農者の高齢化、需要の先細り、不効率化や休耕田の拡大などです。でもそれは一般的な話で、本当はもっと根本的なところにも問題があるような気もします。


 農協のあり方もなかなか難しいところがあるようですし、農家の皆さんもなかなか自分の代では、土地を手放したくないという土地に対する執着も、農地の効率的利用を妨げる原因になっているのかもしれません。


 私はお米に関しては、新米をいつも農家の方から直接送っていただいているため、市販されているお米を自宅で食べることはありません。もう味が全然違います。周りの友人にお米を送ってあげると、次からは直接その農家の方から購入しているようです。でもなんとなくすっきりしないのは、おいしくて安いお米なのに、コメの値段と送料がほとんど変わらないことです。何か変だなと。


 こんなおいしいご飯を知らない人たちが、日本にも、ましてや世界に目を向けるとたくさんいるはずで、コメの消費量が減っているといっても、何かやり方があると思うのですね。昨年の夏に米で作った麺をいただいてみましたが、これはいまいちでした。また、コメでパンをゴパンが売れているらしい)という試みや、コメを飼料に使うという利用法もあるようですが、コメ本来の用途で十分勝負できるような気がするのですがね。


 また、お米を作るためにはかなりの資金がいるようです。でも例えば耕耘機を購入するにしても、使う時期は限られているのですから、わざわざ購入しなくても、必要な時だけ中古品でもリースすればいいではないですか。そうすればかなり必要資金を低く抑えられるということが、以前日経の特集記事で書かれていました。ここらあたりに農協が絡んでくるのだろうか。


 農家をまとめていけるリーダーシップのある人でも出てくれば、もっと農業に活気が出てきて、変革することができると思うのです。TPP問題もあり、今年は農業に注目してみたいです。

2012年2月3日金曜日

冬に秋田で飲んだ酒

~秋田の地酒のほんの一部ですが~




 秋田といえば美人と米と酒の国。年末年始秋田で飲んだお酒をご紹介しましょう。
まずは秋田駅に到着した時、家族で秋田のステーションビル内のお店で夕食を取った時に飲んだ酒が、「刈穂六舟」「雪の茅舎」。そのあと飲み足りなくて、実家へ帰ってから飲んだ酒が「高清水」


 翌日お寿司屋さんの「たつ福」でいただいたのが「刈穂大吟醸」で、これは元日にいただきました。そして「喜三郎の酒」と続き、名古屋へ帰る前日に家の近くの居酒屋さんでいただいたのが「秀吉」でした。

 自宅に帰ってから、日本酒のラベル集を見たのですが、それにはコメントとして以下のように書いてありました。書いた当時といろいろ飲み比べた今とでは、飲んだ時の印象はまた別のものがあるのですが、新鮮さがよみがえりますので、ご紹介します。




刈穂(平成11年1月2日)

【コメント】
佐藤修(私の高校の友人)は、秋田の酒の中で刈穂が一番うまいといった。なるほど、辛口でなかなか飲みやすい。のどごしがよくソフトな酒といえる。




雪の茅舎(平成11年8月13日)

【コメント】
「日本酒を楽しむ」という本に掲載されていた。日本の銘酒118選の一つ。実家に電話して購入してもらったが、ピリリとした辛口である。また、由利正宗というネーミングもなかなか古風でいいではないか。家で飲んだのだが、あまりにうまかったため、名古屋に帰る前に2本も買ってしまった。




喜三郎の酒

【コメント】
トンネルで有名になった酒。酒の名前に自分の名前を付けるとは、なんと大胆な。越山家と縁のある酒屋だそうだ。味はねっとりするタイプ。舌にからみつくような重みのある味である。




秀吉5カ年熟成大吟古酒(平成11年8月12日)

【コメント】
秋田の酒なのになぜ秀吉なのかということで、今まで買わなかったが、5年物の古酒でしかも限定品とあっては、やはり飲んでみないわけにはいかなかった。ただ、古酒ということもあり、好みによっては評価が割れるところである。



 せっかくですので、ほかにも秋田の酒のご紹介を。




酔楽天(平成10年7月25日)

【コメント】
自分の口の中に入るもので、それまではビールが一番うまいといってはばからなかったのだが、この酒のおかげでそれが誤りだったということに気づかされたという、いわば自分の人生の中では伝説的となってしまったお酒。冷酒・地酒の原点というべき酒である。何しろネーミングがいいではないか。最初にお歳暮として持ってきてくれた斉藤工業のおやじにひたすら感謝!




まんさくの花

【コメント】
辛口の多い秋田の酒の中では、めずらしくフルーティな味の酒である。そもそもこの酒の存在は、職場の友人である磯部氏に教えてもらったものである。そういえば彼も冷酒には目がないのであった。



2012年2月1日水曜日

なぜ難しいクラブなのか

~もっと楽をすればいいのにと思うのだけれど・・・~




 今年もゴルフの初打ちが終わりました。自分でいうのもなんですが、根が真面目なだけに、どうしても自分に高いハードルを課してしまいます。数年前、初心に帰ってゴルフを出直そうと思いました。そう思い込んでしまうと、よせばいいのにどうしても自分に難しい課題を与えてしまうのですね。ドライバーにはディアマナ白のシャフト、しかも70gのやつを差し込み、アイアンは、ブリヂストンのXブレードCBという難しいクラブにDGシャフト付のやつを買ってしまいました。これがかなり厳しいスペックで、結局打ちこなすことができず、ドライバーはシャフトを60gのに差し替え、アイアンのシャフトもディアマナサンプに変えてしまいました。まぁ我々はアマチュアだからそれいいのだ。


 昨年の夏ごろから、力が入りすぎるのか、ドライバーが左方向にひっかけ気味になり始めました。なかなか治らないし気分転換もかねて、新しいのに買い替えることにしました。もう年だし楽なクラブにすればいいのですが、ここでも難しいクラブを選択してしまいます。昨年男子ツアーの最終戦でワンツーフィニッシュしたのが、ヤマハのクラブでした。そのツアーモデルを買ってしまったのですよ。シャフトは、いくらひっぱたいても絶対に左にいかいないというツアーADのブルーシャフトか、フブキのKシリーズか迷ったのですが、結局フブキを装着しました。


 使い始めて2ラウンド目にいいスコアが出たのですが、ドライバーのしなりをなかなか感じることができませんでした。寒くて気温が低いせいなのだと自分に言い聞かせているのですが、おそらく練習不足でまだまだ体に馴染んでいないからなのでしょうね。


 もともと球を打つのが好きですので、打ち始めると時間がたつのも忘れてしまいます。特に面白いのが、意図的に球を曲げることです。コースに出ると目の前に大きな木があり、上からも下からも狙えない時がよくあるのですが、そういったときには木を避けて、例えば右から大きく曲げてグリーンを狙おうとします。多くの場合は目の前の木に当たったり、右へそのまますっぽ抜けてしまうのですが、でも10回に1回ぐらいは見事に木を避けて、大きく右から曲がってグリーンをとらえることがあります。この時の満足感は最高ですね。でも、そんな時に限ってスリーパットのボギーだったりして。


 そんなところにアマチュアゴルフの面白さがあるのだと思います。